穂香は、レンを涙目で見つめた。「あ、ありがとう! 実は、生徒会室で化け物に襲われそうになったことを思い出しちゃって」「化け物に? どうして、それを先に言わないんですか⁉」「あれ? 言ってなかったっけ?」「聞いてませんよ。先に言ってくれれば……」レンは、途中で口を閉じた。「言ってくれれば何?」穂香がレンの顔を覗き込むと、少し怒っているように見える。「えっ、もしかして、無理やり引きとめたから怒ってる?」「……違います。その、事情を知っていたら、もう少しあなたに対して優しい対応をですね……」ブツブツ言っているレンの肩を、穂香はつかんだ。「大丈夫! レンは、いつだって優しいよ!」「なっ!?」レンは右腕で顔を隠してしまった。隙間から見えている耳や頬が赤くなっている気がしなくもない。「もしかして、照れてる?」レンから返事はない。「レンが照れるなんて珍しいね。ようやく私の可愛さに気がついた? なんてね」冗談を言っていると、レンは顔を隠すのをやめた。その顔は少しも赤くなっていない。「今日の穂香さんは、だいぶ余裕があるみたいなので、研究の続きをしましょうか」「研究?」首をかしげる穂香に、レンはニッコリと作ったような顔で微笑みかける。「ほら、前に言ったでしょう? 10秒間、キスすると……約8千万の菌が互いの口内を移動するという話」ボッと音がなりそうなほど、瞬時に穂香の頬は熱くなった。動揺する穂香の手に、レンがそっとふれる。「ちょ、ちょっと待ってっ!」ゆっくりとレンの顔が近づいてきた。(ほ、本当にキスするの⁉)穂香がギュッと目をつぶると、「フッ」と笑う声が聞こえる。目を開けると、レンが困ったような顔をしていた。「そんなに嫌そうな顔しないでください。無理やりなんてしませんよ。冗談です、冗談」「じょう、だん」急に恥ずかしくなった穂香は、膝を抱えて顔をうずめた。(本当にキスするかと思って驚いたけど……)いつも側にいて、いつでも穂香の味方をしてくれる。口は悪いけど、本当は優しい。そんなレンに、キスされそうになって嫌な気分になるはずがない。(私、たぶん、レンのことが好きなんだ)チラッとレンを見ると、すぐ近くにレンの顔があった。緑色の瞳が不安そうに揺れている。「すみません。ふざけすぎました。あなたを傷つけようとしたわけではなくて―
レンが部屋から出ていくと、風景が変わる。【10月12日(火) 朝/通学路】(次の日になったから、また学校に向かっているんだね)制服を着た穂香とレンは、通学路を並んで歩いていた。(昨日、あんなことがあったから、気まずいんだけど……)沈黙が重苦しい。穂香が、チラッとレンを見ると、いつもと変わらないように見えた。(そっか。私はレンが好きだけど、レンからしたら、キスもただの研究だもんね)そう思うと、少しだけ胸が痛いような気がする。(私も、もう気にするのはやめよう)穂香がフゥと息を吐くと、レンが「昨日の件ですが」と話し出した。「昨日……」キスしたことを思い出して、真っ赤になった穂香につられるように、レンも赤くなる。「そっちではなく、未来の監視の話です」「あ、ああ、それね。原因が分かったの?」レンは、制服のネクタイを少しゆるめると、首から下げていたお守りを取り出した。それは、昨日穴織からもらったもので、穂香も念のため身につけている。「そのお守りが原因なの?」穂香の問いに、レンは首をふった。「お守りというよりは、正確には穴織くんの能力のおかげですね。昨日、彼が穂香さんの家に結界を張ってくれたでしょう?」「じゃあ結界が化け物だけじゃなくて、未来からの監視も防いでくれてるってこと?」「おそらく」とレンはうなずく。「昨日の彼の説明では、穴織一族の目的は【穴を開けて、別の世界からこちらにこようとしている化け物を防ぐことである】と言っていました。そして、彼らの能力で【別世界に通じる穴を閉じることができる】と」「えっと……。ちょっと難しくて、よく分からなくなってきたんだけど」穂香が遠慮がちに伝えると、レンは呆れることなく教えてくれた。「ようするに、穴織一族からしたら、人を襲おうとする化け物も、人類の滅亡を防ごうとしている未来人も、【現代に無理やり介入しようとしている】という点で、同じようなものなのでしょう」「なるほど、さすがレン! 確かレンは、未来の科学者だったよね? 頭がいいはずだ、説明が分かりやすい!」「褒めても何も出ませんよ」コホンと咳払いをしたレンの頬は少し赤い。「話を続けますが、穴織くんにその意思がなくとも、彼が結界を張った場所は、未来人からの干渉を受けなくなります。このお守りも同じような効果があるので、身につけている限り、私が
「ええっ⁉」穂香が叫んだ瞬間、風景が変わる。【同日 昼/教室】(朝の校門から、お昼休みまで飛ばされてる)隣の席のレンが、「さっきのは、どういうことですか?」と深刻な顔をした。「それが……。校門がバラで飾られていたから、文化祭用の飾りだと思いこんじゃって。まさか、他の人には見えてないなんて思わなかった」「なるほど。そういうことなら、仕方ないですね。あなたが、急に先生に話しかけに行ったので驚きました」バラが見えていないレンからすれば、穂香の行動はおかしく見えただろう。「驚かせてごめんね。ねぇ、レンには見えていないってことは、穴織くんの専門だよね? 放課後、先生に会う前に、穴織くんに相談したほうがいいかな?」「そうですね……」穂香が教室を見回しても、穴織の姿はない。「そういえば、穴織くん。朝から見てないね。今日はお休みかな?」「どうでしょうか……」いつもより、レンの反応が薄い。「どうしたの? 大丈夫?」「私は大丈夫ですよ」「でも、何か悩んでいるように見える」レンは、ため息をついた。「違いますよ。ただ、今回は私があなたの恋愛候補なのに、次から次に穂香さんの別の恋愛相手候補が関わってくるのはなぜだろうか、と思いまして」「それって、おかしいことなの?」「それが、今まで穂香さんと私で恋愛しようとしたことがないので分からないのです。でも、引っかかりますね。いい気分ではありません」そう言うレンの顔は険しい。「もしかして、レン、怒ってる?」ハッとなったレンは「別に、嫉妬ではないですからね!?」と頬を赤く染めた。「大丈夫、分かってるよ。レンは、研究のために私の側にいてくれているんだよね」緑色の瞳が大きく見開く。「それ、本気で言ってます?」「え、うん」「自分で言うのもなんですが、こんなに分かりやすい態度を取っているのに?」きょとんとしている穂香を見て、レンは盛大なため息をついた。「あなたが、これまで何度も何度も恋愛に失敗してきた原因が、たった今、分かりましたよ」「え? 何?」「ものすごく鈍いからですよ!」「やっぱり怒ってる!」「怒ってないです。あきれてはいますが」メガネを外したレンは、頭が痛そうに目頭を押さえた。メガネを外したレンを見たのは、夢の中だけなので新鮮に感じる。「レンって、メガネかけててもイケメンだけど、外
【同日 放課後/教室】(もう放課後になってる……)クラスメイトは帰宅したようで、教室には穂香とレンしかいない。穂香はため息をついた。「結局、穴織くんに会えなかったね。もう、先生のところに行くしかないか」覚悟を決めた穂香は、職員室へと向かった。そのあとをレンがついてくる。「私も一緒に行きます」「えっ、ありがとう、嬉しい!」そんな会話をしていると、バッタリと松凪先生に出会った。「おっ、いたいた。高橋も一緒か。ちょうど良かった。生徒指導室に行くぞ」【同日 放課後/生徒指導室】穂香が「私、生徒指導室なんて初めて入った」とつぶやくと、レンが「私も、生徒指導室に連れていかれるあなたを見るのは初めてですよ」と教えてくれる。(ということは、レンから見れば、本当に今回は今までにないことばかり起こってるんだね。大丈夫かな……)生徒指導室の中には、教室に置かれているものと同じ机と椅子が並んでいた。先生は、それを三つくっつけてから「とりあえず座れ」と言う。穂香とレンが並んで座ると、先生は向かいの席に腰を下ろした。「まず初めに言っておくが、俺はおまえたちの敵じゃない」「は、はい?」驚く穂香に、レンは「とりあえず、彼の話を聞きましょう」と耳打ちする。(そういえば、レンからの情報によると、先生って確か『世界で一番強い人間』だったよね?)穴織や生徒会長とはまったく違う情報だったので、違和感があった。(先生って何者?)先生の声は、とても落ち着いている。「おまえたちが、何に巻き込まれているか俺には分からない。……まぁ、主に巻き込まれているのは白川だろうなということは分かるがな。相談しろと言われても、俺のことを信頼できないだろうから、まずは俺の素性から話そう」一呼吸おいた先生は、まっすぐ穂香を見つめた。その表情にはいつものダルさがない。「俺は、別の世界で魔王を倒した元勇者だ」ポカンと穂香が口を開けると、先生はウンウンとうなずいた。「白川が、そんな顔になる気持ちも分かる。俺も、この年で『元勇者』とか自分で言ってて、ものすごく恥ずかしい。だが、事実だから仕方ない」レンが「ということは、先生は別の世界から来た人ということですか?」と質問すると、先生は首を左右にふった。「いや、そうではなく、高校生のときに異世界に召喚されたんだ」「そこで、勇者として魔王を倒
これで、穂香の恋愛候補だった三人の正体が分かった。(たぶん、この学校の怪異を解決するために、穴織くんに依頼したのも、生徒会長の叔父さんだよね?)恋愛候補達は、まったく関係がないように見えて、水面下では複雑に繋がっている。(そんな偶然ある?)穂香がレンをチラッと見ると、レンも何か気になったのか考え込んでいるようだった。静かになってしまった二人に、先生が声をかける。「どうだ? 俺のことを信用できそうか?」「あ、はい」と、穂香はうなずく。(先生は恋愛候補だから、悪い人ではないって分かっていたけど、ここまで話してくれたらさすがに信用できる)穂香が「実は……」と話そうとすると、レンがさえぎった。「私が説明します」レンは、穂香が【恋愛ゲームの世界に閉じ込められている】こと、そして、【恋愛相手に決められた人から告白されないと、その世界から脱出できないこと】、【条件をクリアできるまで、何度もやり直しをさせられていること】を説明した。(このままじゃ人類が滅亡してしまうことは、先生に言わないのかな? レンに何か考えがあるのかも?)穂香が黙っていると、レンの説明を聞き終わった先生は、「なるほどな」と腕を組む。「ようするに、空間が切り取られてしまっている状態で、俺達がその中に閉じ込められているんだな。その影響で、白川は見えないものが見えていると」「まぁ、正確には違うのですが、そのように理解していただいて大丈夫です」「俺にできることは?」「もし、穂香さんが危険な目に遭ったら助けてほしいです」「分かった。あとは、おまえ達の恋愛を見守っておけばいいんだな」レンの顔がカァと赤くなる。「違ったか? 高橋が白川の恋愛相手なんだろう?」「そ、そうですが……」「なら、おまえが白川に告白したら解決か。この様子だと、けっこう早く解決しそうだな」先生は笑いながら、腕時計を見た。「今日はこれで解散だ。俺に相談したいことがあったら、いつでも頼ってくれ」穂香とレンが席を立つと、風景が変わった。【同日 夜/自室】(学校から、家に帰ってきてる)穂香の向かいにはレンが座っていた。「ねぇ、レン。どうして先生に、このままだったら人類が滅亡することを言わなかったの?」レンはメガネを指で押し上げた。「穂香さんは、私達未来人がどうして恋愛ゲームの世界を作るなんて、遠回りな
レンの言葉が理解できず、穂香は首をかしげた。「正解って、皆と友達になればいいってこと?」「そうです。穂香さんの才能について、私が話したことを覚えていますか?」「えっと…」穂香はレンの言葉を思い出す。「確か、レンがいる未来では、すべての人に必ず突出した才能や、神がかり的な能力があることが証明されていて、私の才能は【私が選んだパートナーを、最高に幸せにできる】だったよね?」「そうです。ですから、未来では、人類を滅亡させない相手と穂香さんをくっつけようとしていました」「じゃあ、友達じゃダメなんじゃない?」「2%」「え?」緑色の瞳は、どこまでも真剣だ。「人類滅亡の原因を作ってしまう穂香さんを、未来人達が消すことができなかったのは、あなたがいなくなるとこの世界の幸福度が2%も下がるからです」「あー……。そういえば、そんなことも言ってたね。よく分からないけど」「これは、言い換えると、あなたと関わるすべての人は、大なり小なり幸福を感じているということになります」「は? それはさすがに嘘だよ。だって、私、今のクラスに友達がいなくて困ってるのに……」穂香としては、自分と一緒にいて幸福を感じられるのなら、友達がたくさんいないとおかしい。「穂香さんの才能は他人を幸せにすることなので、自分が幸せになるには自分で頑張るしかありません」「な、なんて使えない才能なの⁉」「そうでもないですよ」レンは、指でメガネを押し上げた。「私は今まで、恋愛のサポートをしようとしていたので、穂香さんが恋愛候補と交流するとき、私はその場にいませんでした」「どうして?」「どうしてって……。異性の幼なじみとべったり一緒にいる女性を、恋愛対象に見るのは難しくないですか?」「それは、そうだね」レンなりに、穂香の恋愛が成功するように、気を使っていてくれたようだ。「しかし、今回は私が穂香さんの恋愛相手なので、ずっとあなたの側にいました。そして、つい先ほど気がついたのです」「何を?」「あなたが、どのようにして、他人を幸せにしているのかを」穂香はゴクリとつばを飲み込む。「まだ仮定の段階ですが、おそらくあなたは【相手の人生を良い方向に進ませる言葉】を発しています」「そんなこと言ってないよ?」「もちろん、あなたは無意識です」レンは、穴織にイケメンと教えたことや、先生に『
『罪人』という言葉を聞いた穂香は、頭が真っ白になった。「え?」「これからお話しすることは、決してあなたの責任ではありません」「う、うん?」レンの顔は見えないが、穂香の耳元で囁かれる言葉はどこか不安そうだ。「どこから説明したものか……。人類滅亡のきっかけをつくったあなたの夫は、多くの功績を残して科学者となりました。その影響なのか、子孫たちもまた科学者になることが多く、優秀な科学者を輩出していくことになります」「科学者? レンと一緒だね」レンは静かにうなずいたあとで、話を続けた。「そう、一緒なのです。あなたの夫の姓は、高橋。数百年後の未来でも、高橋一族は優秀でありつづけ、有名な科学者一族になっています」「……ん? 高橋って……。たしか、レンの名字も……」「そうです。私は、数百年後の未来から来た、あなたの遠い遠い子孫にあたります」「え?」「以前に私が未来から監視を受けているとお話ししましたね?」「う、うん」レンは未来から監視されていて、穴織からお守りを貰うまで、発言や行動を制限されていた。穂香は、『監視だなんて、未来ってけっこう物騒だね』とレンに言ったことがある。「私の時代の高橋一族は、人類滅亡のきっかけをつくってしまった罪人として常に監視されています。そして、人類滅亡を防ぐための研究を強制的にさせられているのです」「そんな……。だとしたら、私のせいで、レンが……」穂香を抱きしめるレンの腕に、力が込められる。「あなたのせいではありません」「で、でも!? 私のせいで、レンは今ここにいるんだよね? やりたくもない恋愛ゲームのサポートを延々とさせられて! 私がうまくできなかったから、何回も何回もやり直して……」『お前のせいで、こんな目に遭っているんだ』と、恨まれていても仕方ないと穂香は思った。それなのに、レンはいつでも穂香に優しくしてくれる。「大丈夫です。大丈夫ですから」まるで子どもをあやすように、レンは穂香の背中をポンポンと優しく叩いた。「レンは、今まで、どんな気持ちで……私の側に? 私のこと、憎くないの?」穂香の耳元で、レンがクスッと笑う。「本当のことを言いますが、どうしようもないことと分かっていても、初めは少しだけ、あなたのことを恨んでいました」「やっぱり……」「でもね、一緒に行動していたら、すぐにそんな気持ちはなく
「失礼します」穂香が職員室に入ったとたん、真っ青な髪が穂香の目に映った。(とりあえず、松凪先生に相談しよう)穂香の頭の中では、昨晩、レンから聞いた言葉がずっとぐるぐる回っている。――あなたが幸せにするパートナーを1人だけに絞らず、ものすごく優秀で、多方面に影響力がありそうな穴織くん、生徒会長、先生の三人を、同時にできる限り幸せにしたら、すごいことが起こりそうじゃないですか?(だったら、私は勝手に先生と生徒会長と穴織くんを【レンを最高に幸せにするためのパートナー】に決める! 私のパートナーになったんだから、三人とも多少は幸せになるはず。幸せになれたら、協力してくれるよね?)穂香は、青い髪を目指して職員室の中を歩いた。「先生、おはようございます」「お、白川か。おはよう。朝からどうした?」机に座っている先生は、いつものダルそうな雰囲気で、忙しくはなさそうだ。(昨日の話し合いのときは、別人のようにキリッとしていたのに)レンに深い事情があるように、先生にもいろいろ事情があるのかもしれない。「先生、相談があるのでのってもらえませんか? 今すぐ!」「今すぐ!?」時計を見た先生が「まぁ、15分くらいならいいぞ」と立ち上がると風景が変わった。【同日 朝/生徒指導室】(職員室から、昨日来た場所に飛ばされてる)先生は、「時間が少ないから早く座れ」と穂香を急かす。向かい合って座ると、「で? 何を相談したいんだ?」とさっそく本題に入った。(レンは、確か私達は、同じ一族で、生まれた時代が違うから一緒にいられないと言っていたよね?)穂香は、青い瞳をまっすぐ見つめる。「先生、同じ一族っで、どれくらい離れていたら結婚できますか?」「それって親戚関係とか、そういう話か? だったら、この世界の日本では、3親等離れていたら問題ないぞ」「3親等って?」「いとこなら結婚できるってことだ」「ということは、何百年あとに生まれた人と恋愛や結婚しても何も問題ないですよね?」「どういう設定の話か、まったく分からんが……。そうだな、3親等以上離れているから法律的にも医学的にも問題ない」(ということは、同じ一族なのは問題じゃないんだ。じゃあ、時代が違うからが、一番の問題だよね?)確かに、現代人と未来人が一緒になるのは難しそうだ。(でも、私が【パートナーを最高に幸せに
賢者から怪しい瞳を向けられて、穂香は一歩後ずさった。(研究だなんて怖い。でも……)「りょ、涼くんのためなら――」そう穂香が言ったとたんに、涼は賢者を攻撃した。また見えない壁に弾かれ攻撃は届かなかったが、賢者は明らかに怯えている。「暴力反対!」そう呟いた賢者の目には涙が浮かんでいた。「死にたくなければ、さっさと教えろ」「ちょっとした冗談なのに……」「今のは嘘やな。ということは、本気で穂香を研究するつもりやったってことや」「分かった。君は怒らせてはいけない奴だってことは分かったから。落ち着いて!」穂香は、涼の袖を小さくつかんだ。「涼くん、教えてもらおうよ。私、涼くんとずっと一緒にいたい……」「穂香……」ため息をついた涼は、少し落ち着いたようだ。「分かった。もう手は出さん。その代わり、賢者も穂香には手を出すな」「はいはい。じゃあ、学校が元に戻るまで君達の話を聞かせてよ。それならいいでしょ?」「まぁ、それならええか」穂香と涼は、それぞれの抱えている事情を話した。話が進むにつれ、賢者の目はキラキラと輝いていく。「じゃあ君は、その恋愛ゲームってやつの中に閉じ込められてて、そっちの君は次元の穴を閉じることができる一族なんだね。なんて面白い!」小躍りしながら喜ぶ賢者を見た涼が「本当にコイツ、頭ええんか?」と疑っている。そのとき、それまで静かにしていたおじいちゃんが声を
(紫色の髪?)しかもフードの下に隠されていた顔は、とても整っていた。(女性……ではなく、色白イケメン!? あれ? この人、私の恋愛相手候補とかじゃないよね?)混乱する穂香をよそに、涼は紫髪の青年をにらみつけている。「おまえ、こんなことをして何が目的や」冷たい問いかけに、青年は首をかしげた。「あれ? 勇者じゃなかった。君、誰?」「それはこっちのセリフや!」「わっ、ちょっと待って! 私は戦闘得意じゃないから!」涼の攻撃をかわしながら、青年は何もない空間に手をかざした。すると、そこに穴が開く。穴の中は真っ暗だ。その穴の中に、青年が飛び込むと同時に穴も消える。「涼くん、大丈夫?」穂香は、呆然としている領に駆け寄った。「大丈夫やけど……」涼の瞳は、先ほど穴が開いた空間を見つめている。「あいつ、穴を開けた上に、閉じた」「それって、何か問題が?」穂香の質問には、おじいちゃんが答えてくれた。『化け物は、穴を開けられるが閉じることができん。だからワシらが代わりに閉じて回っている』「ということは、さっきの人は化け物じゃないってこと?」『分からん。より強い化け物の可能性もあるな』「そんな……」『先ほど涼も言っていたが、そもそも、この学校を取り巻く気配がおかしい』赤い瞳が穂香を見つめている。「穂香、も
涼が言うには、学校全体が怪異に飲み込まれてしまっているそうだ。「学校全体が!?」「早く犯人探しをせんと……」涼が校内に入ると、着ている制服が変わった。それは、夢で見た軍服と着物を混ぜたような制服だった。「涼くん。それ、前の学校の制服なんじゃ……? あ、髪も伸びてる」涼の長く赤い髪は、一つにくくられていた。「ここに来る前は、そういう感じだったんだね」「み、見んといて……」「え?」「お、俺の黒歴史、見んといてぇええ!!」「ええ!?」涼は、半泣きになっている。「ちゃ、ちゃうねん! これは、俺の趣味じゃないから! だって皆、こういう制服やったし、穴織家の一族のもんは、力が強くなるからとかいって、髪を伸ばしてて!」「落ち着いて、大丈夫だよ! その姿、夢の中では何回か見てるし! それに、その姿もすごくかっこいいよ! ほ、ほら、アニメとか漫画のコスプレみたいで!」その言葉が涼の傷をえぐったらしく、涼は「あああああ!」と叫びながら頭を抱えている。『涼! 遊んでいる場合か!?』「はっ!? そうやった! 犯人を捜さんと!」すばやく周囲を見回した涼は、「アカン、怪異の影響で学校内に入った生徒の服装が変わっとる! 誰が誰か分からん!」と首をふった。穂香には、相変わらずモブの姿は見えていない。『この中から瘴気の発生源を追えるか?』「無理やな。学校中に変な気が充満してて、元をたどれへん」『ならば……穂香なら犯人を見つけ
【同日 夜/自室】(涼くんと別れて、自分の部屋まで帰ってきてる)なぜか夜の自室にいる自称幼馴染のレンには、もう慣れてしまった。「穂香さん、お帰りなさい」「ただいま……」「なんだか元気がありませんね? 穴織くんと、うまくいってないんですか?」「そうじゃないんだけど。ねぇ、レン。この恋愛ゲームの世界ってハッピーエンドあるよね?」レンは、緑色の瞳を大きく見開く。「もちろんありますよ。ゲームなんですから」「そうだよね? だったら、もし、涼くんに不幸な設定があったとしても、私がなんとかできる可能性ってあるのかな?」「あるでしょうね。恋愛相手が不幸な状態では、向こうも告白なんてしてくれないでしょうし」「だよね⁉ じゃあ、やっぱり私が涼くんの問題を解決できるかもしれないんだ……そうと分かれば」穂香は勢いよく立ち上がった。「明日に備えてもう寝る!」「頑張ってくださいね」レンが立ち上がると、風景が変わった。【10月11日(月) 朝/玄関】(あれ? 日曜日が飛ばされて月曜日になってる!?)『頑張る!』と張り切ったものの、何をしたらいいのか分からず、1日がすぎてしまったようだ。(家にいてもイベントが起こらなかったから、学校に行けば何か起こるかな?)玄関を開けると赤い髪が見えた。こちらに気がついた涼は、ニコッと明るい笑みを浮かべる。「穂香、おはよう!」「おはよう、涼くん」
それからは、配布する用のプリントを印刷したり、文化祭準備の手順を確認したりして、気がつけばお昼どきになっていた。【同日 昼/教室】目の前に浮かんだ文字を見て穂香は、向かいの席に座り作業している涼に「お腹空いたね」と声をかける。「ほんまや、もうこんな時間か!」あわてて立ち上がった涼は、「行こう!」と、穂香に右手を差し出した。「どこへ?」「そりゃあ、もちろん『遊びに』」満面の笑みの涼に手を引っ張られると、風景が変わった。【同日 昼/商店街】(学校から、商店街に飛んでる)そこは、学校付近にある商店街だった。学校帰りの寄り道は禁止されているが、ここはひそかな寄り道スポットとして、生徒の間では有名だ。「穂香、ここで買い食いしよ!」「え? う、うん、いいけど……」「どこか行きたいところ、ある?」「ごめん。私、学校帰りに寄り道したことないから、どこのお店がいいのか分からない」「そうなん!? 実は俺もなくて」「ええっ!? 涼くんはあるでしょう? だって、友達多いよね?」「いや、放課後は、いつも学校の怪異を調べてたから、本当にやったことないねん!」「そうなんだ……。じゃあ、今日は、端からお店を全部見てみる?」穴織の表情がパァと明るくなる。「よっし、行くで! 穂香」「おー!」その後、2人は楽しく初めての食べ歩きを楽しんだ。【同日 夕方/商店街】
どれくらい1人で泣いていただろうか。(なんてひどい設定なの? ……ん? 設定?)穂香は、ふと自分が恋愛ゲームの世界に閉じ込められていたことを思い出す。(ちょっと待って。ゲームなんだから、バッドエンドがあれば、ハッピーエンドもあるはずだよね?)穴織が死んでしまったら、もちろんバッドエンド。ハッピーエンドでは、穴織が生きていないと、とてもじゃないがハッピーなどと言えない。(ということは、このゲームの主人公である私の頑張り次第で、穴織くんの問題が解決するんじゃないかな?)一度、レンに相談しようと立ち上がると、スマホがピロンと鳴った。(涼くんからだ。どうしたんだろう?)画面には『朝からごめん。今日、会える?』と書かれている。穂香は『うん、大丈夫』と返しながら誘ってもらえたことが嬉しくて、ニコニコしている自分に気がついた。(あれ? 私……けっこう涼くんのこと好き、かも?)恋愛ゲームだ、なんだかんだと言っていたので今まで気がつかなかったが、いつの間にか涼に惹かれていたらしい。(ま、まぁ、あんな素敵な人と一緒にいて、好きにならないほうが難しいか)そこで穂香は、ハッと気がついた。(土曜日に外出ということは、私服デートってことだよね!? ど、どうしよう、私、デートに着ていけるような可愛い服なんて持ってないよ)あわててクローゼットを漁っていたら、またスマホがピロンと鳴る。画面を確認すると、涼から『良かった! じゃあ、朝10時に学校の校門待ち合わせで! 文化祭実行委員の仕事をするから制服で来てな』と書いてあった。
穴織の姿が見えなくなると、風景が変わる。【同日 夜/自室】(あれ? 次の日まで飛ぶかと思ったら、まだ夜だ。ということは、何かイベントが起こるかも?)しかし、もう夜も遅いので、涼はもちろんのこと、サポートキャラのレンもいない。(私は何をしたらいいの?)部屋の中を見渡すと、机の上におまじないの紙を見つけた。(これ、前に使ったやつだ。おまじないは、この紙を学校のどこかに埋めたら終わりって涼くんが言ってたっけ)ということは、このおまじないは、まだ終わっていないということ。(もしかして……)穂香は使用済みのおまじないの紙を枕の下にもう一度入れた。ベッドに入り、目をつぶるとすぐに意識がまどろんでいく。*【夢の中】教室に、白い制服を着た涼が立っていた。それは、昨日見た夢とまったく同じ光景だった。(やっぱり! このおまじない、まだ終わってなかったんだ!)長い赤髪が風に揺れている。光る武器を持ち佇む涼は、穂香に気がついていない。『来たのか、娘よ。確か名は穂香じゃったかの?』「はい。えっと、あなたは涼くんのおじいさん、ですよね?」『まぁ、そんなものじゃな。おぬしには、特別に【おじいちゃん♡】と呼ばせてやろう』冗談なのか本気なのか分からないので、とりあえず穂香は「あ、ありがとうございます」と返した。「じゃあ、おじいちゃん。涼くんは、どうしたんですか?」
「穴織くん、いらっしゃい。ど、どうぞ」「……お邪魔します」脱いだ靴を綺麗にそろえるところに、穴織の育ちの良さがうかがえる。 「私の部屋は2階で……」「あの、白川さん。今、部屋の中に、レンレンがいたような気がしてんけど?」「あ、うん。ちょうど遊びに来ていて……」穴織は「白川さんの、その発言が嘘じゃないことに驚くわ」とため息をついた。「と、言うと?」「だって、白川さんは今日、学校を早退したんやで? 俺も今、抜けてきたところやし…。レンレンがここにおるの、おかしくない?」穴織に嘘はつけない。穂香は本当のことを言うしかなかった。「そのことだけどレンは、登校したら私達が校門で話していて怪しかったから、今日は学校を休んだって言っていて……」「ふーん」こちらに向けられた探るような眼差しがつらい。「わ、私の部屋はこっちだよ」部屋に案内すると、部屋の中からレンが良い笑顔で手を振った。「穴織くん、いらっしゃい」「うぉい!? 白川さんの部屋やのに、自分の部屋のごとく、めっちゃくつろいでるやん!?」穴織からのツッコミを、レンは「穂香さんとは、幼馴染ですので」の一言で片づける。穂香も「本当にレンは、ただの幼馴染で……」と伝えると、穴織に「分かっとる、分かっとるけど……幼馴染って、こんな距離感が普通なん?」ともっともな質問をされてしまった。「さ、さぁ?」
穴織は「ところで……」と咳払いをする。「さっきも聞いたけど、白川さんは見えないものが見えるだけじゃなくて、ジジィの声も聞こえてるねんな?」探るような視線を向けられた穂香は、素直に「うん」とうなずいた。「え? マジで?」サァと穴織の顔から血の気が引いていく。「俺、なんか変なこと言ってなかった?」「ううん、言ってないよ。でも、穴織くんって何者なの? 嘘が分かるっていってたよね?その『ジジィ?』さんも……」穴織が「あ、あー……」と言いながら困ったように頭をかいた。「うん、まぁ、全部は話されへんけど、話せるところは話すわ。でも、ちょっと待ってほしい。今は、この学校で起こってることを調べなアカンから……」「分かった。私は帰ったほうがいいかな?」「うん、そのほうが助かる! あとで電話するわ」明るい笑顔で手をふる穴織に、穂香が手を振り返すと風景が変わった。【同日 昼/自室】(あっ、学校から家の自室まで飛ばされてる)レンが「おかえりなさい」と微笑んだ。「穂香さん、今日は早かったですね。学校を早退してきたんですか?」「うん。今、学校でおかしなことが起こっていて。って……レンはどうしてここにいるの!?」「登校したら、校門であなたと穴織くんがバラがどうとか言っているのを聞いて、何かヤバそうだなと思い、即、帰宅しました」「……そこは、私のために『サポートしてやるか』的な流れにはならないんだね」